ある視点、ある男、ある女、テレビでスティーブンキングの映画を観る夫婦。二人には一人の男の子がいて母親に抱かれたまま眠っている。夏の午後、窓が開いている。ドローン、空撮、カットなし一発撮りのオープニング。ホテルのバーに一人の男がやってくる。サミー。彼は、これまでに25人の人間をこの世から消し去った。最初からいなかったことにした、と言ったほうが彼の成果を表現するのに正確だろう。彼はその手のやり口に関しては一切妥協を許さない。要約すると、対象の素性と人間関係を徹底的に調べ、環境に溶け込んでいく。誰にも気づかれないうちにその環境をコントロールする、というのが基本的なやり方である。彼は時間をかける。短期間の仕事は一切引き受けない。一件につき3年から5年はかける。なので常に3~4件の仕事を請け負っているのが彼の日常である。今日は14日前に終えた一件の仕事の報酬について依頼人バイロン・コーコランと交渉するためにここへ来た。
ジントニックを飲みながらバイロンを待つ彼には、最近しきりに思うことがある。
「俺はどこからきて、どこへ行くんだろう」
ホテルを抜け街中の視点へ。1990年代アメリカの雑踏。人ごみをかき分け、スーツを乱しながら走るのは、売れないチェロ弾き。コンフィールド楽団のコンサート会場へ向かっている。16:30にリハーサルが始まる。人とぶつかりケースをひっくり返す。前面から薄くなり始めている頭と出始めた腹から分かる通り、彼は初老を迎えている。
彼はリンウッド。彼には妻とその連れ子の一人娘がいて、現在関係はよくない。現在と断るのは、昔はそうじゃなかった、ということだ。 息を切らし、散らばった楽譜を拾い集めながら彼にはふと思うことがあった。
「なんだ、ひとりじゃないか」
ブロンドの髪を後ろで束ね、くすんだ水色のパーカーのポケットに両手を突っ込んだまま、交差点で信号を待つ彼女は横目でそれを見ていた。ヘッドフォンではジョンスペンサーが乾いた音のギターをかき鳴らしながら「なあ、俺を愛してくれ」と叫んでいた。
助けてあげたい気持ちもあったが、彼女は先を急いでいた。家で祖父が待ってる。今日は自分の誕生日で、祖父と二人ビールを飲みながらそれを祝うことになっている。
地下鉄を降りてアパートへの通りを歩く途中、ケヤキの葉が揺れているのを見上げると、飛行機が轟音を立てながら西の空へ向かっていた。
「恥ずかしい」
そのまま彼女は祖父の待つアパートを過ぎていった。
コメント