小学校のグラウンドで野球をしている。
俺はライト前へヒットを打ち出塁、相手チームの返球がそれているのを見て一瞬迷いながらも二塁へ走った。スライディングしてセーフ。俺のスパイクでビニール製のベースが少しへこんだ。
ランナーになるなんて二十年ぶりだろうか。息が切れる。両ひざに手をついたまま、俺は牽制でアウトになるのが怖くて左足をベースから離せないでいた。
「それは俺の足だよ」
セカンドのやつが言った。見るとそいつはベースの上に腕を組んで両足で立っていた。俺は彼のつま先あたりを俺のつま先で踏んでいた。
「あぁ…、わりー…スパイク履いてるとわからなくて」
俺はとっさに言い訳した。
セカンドは上から下まで真っ黒なユニフォームを着てにっこり笑っていた。笑ってるような気がした。彼の声がやさしかったからだ。正直なところ逆光で表情はよく見えなかった。
空は薄暗く紫色をしていた。夏の、六時半ぐらいだろうか。三塁方向にフェンスが立っていて、通りを隔てている。その奥に木や住宅がある。遠くの空に火が上がっているように見えた。
俺はビビりながらも注意深くリードを広げた。何度か牽制球があった。その都度俺はしっかりセカンドへ戻った。牽制アウトだけは避けなければならない。これから先の人生、ランナーになることなんて二度とないかもしれない。
俺のリードを見てキャッチャーが二塁へ投げてきた。リードを取りすぎた。俺は戻ったが、球は大きくそれた。センターへ投げたと思えるくらいそれた。俺は走るか迷ったが、センターが球をそらしたのを確認して全力で三塁を目指した。
サードまであと5メートルぐらいの時、目の前の木が炎を上げた。すさまじい勢いで辺りが火に包まれた。
逃げろ!違う、そっちじゃない!風下へ!
なぜか火の中へ飛び込んでしまうやつがいた。
俺はセンター方向へ走った。何人もの人が後ろからついてきた。あたりは雑木林になっていた。いくつかのフェンスやブロック壁を越えるたび、俺は周りの人の手を引いて、いくべき方向を指した。それでも人が減っていく。火の回りが早すぎる。おかしい。でも、考えてる暇はない、逃げなきゃいけない。
必死に走っているとコンクリートの立体駐車場のようなところに出た。振り返ると火はだいぶ遠くに見えた。気づけば人は俺と制服を着た女の子だけになっていた。
スカートの端に小さな火の粉がついていた。その娘は手で火を何度も払うんだけど、しまいにはそこにあった水たまりにしゃがみこんだんだけど、その火は消えなかった。
立体駐車場の出口、なだらかな坂の上を見上げると、スーツを着た男が不思議そうな顔でこちらを見下ろしていた。正確に言うとそこに表情があったかどうか、そもそも我々を見ていたのかもわからない。
通りを行く人たちはこのなだらかな坂のほうに一度顔を向け、特に気を引くものがないことを確認する、ということを毎日繰り返しているんだろうと思った。そうやって目の前を人々が通り過ぎて行った。
だいぶ都会まで走ってきたみたいだった。
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