私は特にバイクマニアではありません。バイクに詳しい人ってバイクが好きで、もちろん自分である程度いじれるし、かっこいいいじり方、流行りのいじり方を知ってたりするし、何より誰が何と言おうと自分のスタイルに確固たる自信を持ってる、そんな人が多いように思いますが、私は残念ながらそんな風にはなれませんでした。それでも私は若い時バイクに乗っていました。今思えばわずか2~3年のはかない期間でしたが、確かに私はバイクに乗っていたのでした。
高校2年、原チャリの免許を取りました。学校はバイク禁止だったので隠れて免許を取りました。最初に買ったバイクはヤマハの中古TZR50でした。短期バイトと親からの援助で20万前後だったと思います。50㏄レーサーレプリカでは少なかったセルスタートです。なぜ私がそのバイクを選んだのか思い出せませんが、とにかく私がそのバイクを心から欲しいと思った気持ち、その感覚だけは覚えています。
「とりあえずリミッターカットだな」
バイク好きの友達がそう言ってリミッターをカットしてくれました。私のTZR50は100㎞を超えるスピードを手に入れました。
「こりゃあたりだよ!」
友達はそう言いました。私は高鳴る気持ちもそのままに、そのTZR50に乗ってあちこち出かけました。コンビニから地元の友達、高校の友達の家(高校からガラッと環境が変わる地域でした)、小さい頃は親の車に乗ったり、電車に乗らないと行けなかった遠くの町へ、自分ひとりで行ける不安と感動は言葉にできないほどでした。自分が行こうと思えばどこにだって行けるわけです。
川沿いの県道を走って知らない街を越え、海のにおいに気づいた瞬間の気持ち、そこに住んでる友達の家で一晩プレステをして明け方まで過ごし、そのまま地元まで帰る途中の朝露のきらめき。
ある友達が夜電話してきました。彼とは保育園からの付き合い(私の地元はほとんどみんながそうなんですが)で、高校は別でしたが小さなころから時々一緒に遊んだり離れたり、仲が良かったり悪かったりを繰り返す、まあ腐れ縁といっていいでしょうか、そんな関係でした。
「今からディズニーランド行かね?」
「・・・おー、別にいいよ」
23時ころ出発、彼の乗るワインレッドのゼファー400についていく。田舎の国道から徐々に景色が変わり、湾岸道路。大型のトラックやタンクローリーがひしめきあい、50㏄の小さなバイクのすぐそばを越していくこの道路。24時間営業のガソリンスタンド、コンビニ、牛丼屋。こんな夜中にもこんなに多くの人がこうして生きている。そのことが私を嬉しくさせました。
とあるカーブのスペースに止まり二人でバイクを降りました。そこから海を隔てて真夜中のディズニーランドのネオンが見えました。
「○○ちゃんと一緒に来たんだよ」
「あー、そうなんだ」
彼は少し前にその○○ちゃんと別れたばかりでした。彼はそれ以上何も言わなかったし、私も聞きませんでした。彼は中学までの地元で、目立つ中心グループの一人でしたが、高校に入りみんなバラバラになり、少し広がった世界を経験し、そのグループの関係性も微妙になっていたのは、周囲の私も知っていました。彼はとにかく一人でいたくなかったのかもしれませんし、誰でもいいから聞いてほしかったのかもしれません。そういう相手に私は誰よりも都合がよかったのかもしれません。余計なことは言わない、と。長い付き合いですので私のことをよく知っているんですね。都合がいいだけかもしれない存在でしたが、私はその時悪い気がしていなかった。そんなことよりも私は一晩でここまで移動してきたということに一種の高揚感を感じていました。
私たちは移動する。
高校が終わりに近づき、専門学校へ進学するまでのわずかな期間に私は中型自動二輪の免許を取りRZ350を手に入れました。その見た目とナナハンキラーというジャイアントキリング的な、下克上的な異名が私の心を奪いました。パワーバンドに入った瞬間の恐怖と感動、私はグリップを強く握りしめました。
3月のある晴れた日、私はそのRZ350とともに上京しました。友達たちに別れを告げ、私は初めての高速道路に乗り東京を目指しました。車道の大きさ、複雑にうねる3車線の道路。それに対し私たちはとても小さく、たよりなく感じました。それでも私はその孤独を楽しんでいました。
やがていくつかの現実的な課題に直面し、私はRZ350を維持することができなくなりました。車検が切れ、動かなくなったRZ350を私は1万円で手放しました。夜、アパート近くの公園の前で、キャリアカーに乗せられていくRZ350を眺めながら私はあきらめ、どうでもいいという気持ちでした。
本当にどうでもよかった?やれること全部やったのか?未だにRZに乗る夢を、何度も何度も見るくせに。
わかりません。ただ、何か一つ、パタン、とフタを閉じた感覚がありました。
私たちはみんな若かった。自分たちの青さをMPに、内にも外にも、すべてに魔法をかけることができた。誰もが数年間限定で使える魔法。後になってわかることですがね。
私は覚悟を決め、納得して今ここにいます。どこにも行けない。どこにも行かない。魔法でないし、今同じことをしても、それは不毛。
でも、やっぱり時々思い出しますよね。あの音と振動とスピード。生身と機械の一体感。
誰かが乗っててくれると、いいんだけどなあ。
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